前稿「不動産業界に訪れる変革の時 ~情報が価値を持つ時代からの脱却~」にてこの業界特有の課題について記しましたが、本稿はその続きです。ブラックな業界に訪れようとしている変化とその個人的予想、弊社なりの取り組みを本稿にて記してまいります。
目次
破壊的企業の登場
昨今流行りのデジタルトランスフォーメーション(通称:DX)が進むにつれ、この業界にも大きな変化をもたらすことになると考えています。業界全体的なDXが進むにつれ、「難易度の低い業務」に特化し、その業務を集約定型化&自動化することにより、圧倒的なコストメリットを出してくる企業が登場してくるでしょう。大手のITベンダーは今は不動産業者へのITサービスを提供している立場ですが、彼らが本気で個人営業の実業に進出してきた場合、その企業の活動は従来の企業にとってまさに破壊的企業となると思います。
その破壊的企業の登場によりもたらされる収益価格低下圧力により、単純業務なのにもかかわらずそれに見合わない報酬を得ている業者や、人材が淘汰されてしまうのだと思います。その結果もたらされる業界の変革は、もうすぐそこに差し迫っていると思います。
業界のイメージ刷新へ
破壊的企業のポイントは「難易度の低い業務」に限定してくるであろうと考えています。「難易度の低い業務」は言い換えるならば、前稿で述べた「キメブツ」などの成約、つまり情報そのものを提供するだけの、簡単に稼げる業務がその代表かと思います。この顧客体験を重要視しない物件主義や、物量主義に偏った手法こそ破壊的企業の最初の進出対象となるものと思います。
一方、「難易度の高い業務」は、適切な情報の取捨選択や、顕在化していない価値観に気づかせることなどの、いわゆる「コンサルティング」に近い物を体感させることができる業務であり、それはシステムなどで自動化しコストメリットを出すことはとても難しいものだと思います。既存不動産業界に残された収益力の高い業務はこの「難易度の高い業務」に集約されていき、そして徐々に「不動産業界がブラックな事情」にて記したような「楽して稼げる」業界ではなくなっていくことでしょう。「自己研鑽を重ね、商品や自身に付加価値をもたらすことで顧客満足向上を実現することで稼ぐ」業界に変容せざるを得なくなります。
言い換えるならば、情報そのものが価値を持つ時代が終わり、顧客体験が価値を生む時代に移行していくとも言えるかと思います。結果、情報格差を背景とする、利己的であり拝金主義的な担当者や業者は淘汰されることになり、やがては業界の人材レベルが向上していくことになると思います。
星野リゾートの成功
ホテル業界においてはDXがもたらした様々な影響が不動産業界よりも先に訪れています。料金比較サイト、サービスを徹底的に削減した低価格ホテル、民泊などにより、業界全体にその価格低下圧力が顕著に発生しているものと思います。そんな日本のホテル業界の中にあっても、着実な成長を遂げている企業の代表格として星野リゾートがあります。
広義でいう不動産業にはホテル業も含まれるものと思います。もちろん詳細な収益モデルは異なるものの、同じ「不動産」を用いた事業です。ホテル運営と不動産仲介はともに、地域や現場に密接していたり、不特定多数の一般個人を対象とした労働集約的な業務であるなど類似点は多いです。
今でこそ大資本の仲間入りを果たしているといってもいい企業ですが、その当初は軽井沢の一つの旅館を先代から承継するところから始まっているそうです。同社の今に至る急成長は現社長の星野佳路氏によって、一代で成し遂げられたものです。その星野氏は社の重要な方針として「顧客満足の向上と収益力の向上の両立」を掲げ、その概念を経営陣だけでなく現場の従業員まで徹底させているそうです。
同社は業界全体としての価格低下の動きとは逆行し、価格競争に参加することを選びませんでした。付加価値を提供する方針をもって、安くない料金設定を維持し、確実な成長を遂げています。おそらく、顧客満足の向上と、高収益化のどちらか一つだけではだめで、両方を追求するからこそ成し遂げられる価値観なのかと思います。そしてこの「顧客満足の向上」というのはまさに「体験価値の向上」に他ならないと考えています。
顧客満足向上と収益力の向上の両立
破壊的企業の登場により、一部において価格競争がすすむことで、ホテル業界と同じく不動産業界全体の収益力は低下してしまうものと思います。しかし、星野リゾートと同じく、付加価値をもたらすことでの顧客満足向上と収益力の向上が両立できる部分が確立されていくとも考えています。
弊社が扱う仲介業においても商品としての不動産は同じものが二つと存在しないという特性があり、地域限定的な特性がとても強いものです。そんな特性がある商品においては効率を重視した破壊的企業は付加価値を提供しづらいと思います。前記の通り、反復継続性が高く、顕在化した価値を売るような簡易な業務はやがては破壊的企業に淘汰されてしまうでしょう。
しかし、顧客との対話の中で顧客の顕在化していない価値を見出し、付加価値をもたらすような業務にはなかなか入ってこれないものと思います。逆に、破壊的企業がなしえないこれらが実現できれば、まさに「体験価値の向上」と同時に収益力の向上も期待できます。
求められる企業であるための人材戦略
変革が迫るその時に、弊社がその残された部分的な市場を獲得するためには「付加価値を提供できる仲間の育成」が必須です。「付加価値を提供できる仲間」とは弊社でいう「一生涯付き合える不動産のプロフェッショナル」という言葉で表現しています。社員個人個人がプロフェッショナルになるために、そしてより質を高めることは弊社にとって至上命題であり、その実現のための具体的な取り組みをいくつかご紹介いたします。
①歩合制の廃止
不動産は景気動向に左右されやすい業界といわれます。アメリカのように不景気時に人員整理が容易にできる環境とは違い、日本の雇用制度の中では、不景気だからと言って即時に人員整理するなかなかかないません。企業側には歩合制度を採用する2つのメリットがあります。
1点目は業績低迷の結果責任を企業が負うのではなく、従業員個人に負わせることがができる点です。歩合制の下では従業員の基本給は低く抑えられます。そ景気が悪く業績が下がれば、必然的に支払い給与などの固定人件費も大幅に下げることが可能です。もちろん業績低迷が個人に起因するものであれば、この制度は個人の努力を助成するものとして効果発揮するものです。しかし、景気や突発的な災害などの外部要因による業績低迷、企業方針による利益率の低迷など、必ずしも個人の努力で対応できるものばかりではありません。本来それらをカバーすべきは雇用主の企業側でもあるはずです。
2点目は不採算部門の人員整理を行いやすくするという点です。前記の通り、日本の雇用制度において、人員整理には高いハードルがあります。しかし、歩合制度の下では、業績が悪い状態が続けば支払い給与は常時低迷することになり、自主的な退職を誘発させるという側面があります。ある大手賃貸仲介会社のIRによれば、同社の平均在籍期間は6年とされていました。長く在籍している人もいる中でのこの平均値なので、おそらくかなり短期で退職している(せざるを得ない)人材もそれなりの割合で存在していることと推察できます。つまりこの制度には長期的な人材育成の視点が乏しく、「今稼ぐことができる」人材が求められています。
歩合制とはこれらの企業側の財務上の課題や、人材育成計画立案の不備をまとめて解決するための手法であり、企業側の都合です。そして、ここには顧客視点はありません。景気情勢に合わせた人員整理ができないなかでの苦肉の策としての、歩合制なのかと思います。にもかかわらず、不動産の仲介業務を主軸とした企業で、歩合制を採用している企業はいまだに多数だと思います。
弊社では歩合制を20年近く前に廃止しています。歩合制度は担当者の質を下げ、事業者としてのサービス品質確保の障害となっていると判断されたからです。当時は私はまだ学生の身分だったので詳しく承知しておりませんが、この人事制度改革は現在の社長が立案したものでした。もちろんそんな人事制度の改革においては軋轢があったようですが、大きな軋轢を経ても、いまでも多くの社員が今でも弊社で活躍してくれています。
顧客利益に反する歩合制
この制度改革断行の背景としては情報の管理体制に問題を感じていたからだそうです。いまだに業者による情報の「抱え込み問題」がこの業界の問題点としてあげられます。当時は業者間だけでなく、社内の一部の担当者間でも情報の抱え込みがあったそうです。成果が給与に直結するだけに、余計にこの抱え込みが横行したのは明らかです。
そのような状態を放置することは、当然顧客主義の観点から反するものです。私は当時の雰囲気を知りませんが、おそらく一企業というよりも、個人事業主の集合体という雰囲気だったのでしょう。さすれば当然に、担当者間での情報共有は乏しいでしょうし、顧客対応の品質管理も成されていなかったことが容易に想像できます。このような体制下では社内間での教育体制も当然に構築できるはずもなく、人材の流動性も高くなってしまいます。弊社が求めている「一生涯付き合える住まいのプロフェッショナル」を担う人物像の体現など、かなうはずもありません。
昨今ようやく一部の大手不動産仲介業者において歩合制からの脱却が始まっています。不動産業を通じた社会貢献という責務の中ではこのような動きは必要不可欠なものなのだと思います。
②業務時間の短縮化
私が入社した2006年ごろは世の中に「ブラック企業」なんていう概念はありませんでした。私自身「24時間戦えますか?」というほどではないにせよ、長時間労働は当たり前でしたし、公私混同した就労形態も当然だと思っていました。でも、今から思えば独身だからできたことだと思います。全身全霊をかけた激しい業務というのは人の成長においては必要なものかとは思いますが、その持続性はなかなか期待できるものではありません。
現在の弊社では恒常的に残業時間が多い社員はいません。もちろん一時的に業務が集中することで残業時間が長くなるタイミングがあることはあります。しかし、定時付近で帰宅するものがほとんどです。一方、同時間帯に周辺の不動産業者様を見まわしてみると、たいていどこも煌々と電灯がついています。また、ゴールデンウィーク、夏季休業、年末年始休暇などは、どれもだいたい7日以上はまとめて休業しており、業界水準からして休暇数は多いと思います。
もちろん他業界の優良企業様と比べると圧倒的に労働環境は劣ると思いますが、業界内では良い部類に位置していると自負しております。もちろんその分、お客様との対応時間は少なくなってしまっており、お客様にはご不便をおかけしていることも事実です。しかし、長時間貢献だけがお客様への貢献ではないと考えています。
プライベートの充実が業務の充実に
結婚をし、子供を授かってから前記のようなハードワークができるかというと、無理があると思います。仕事を終え、帰宅した後の家族との時間はなるべく多く確保したいですし、家族と過ごす休日だって同様になるべく多く確保したいです。子供の運動会には参加して子供の成長を喜びたいですし、パパ友、ママ友とだって仲良くなって地域行事に関わりたいものです。でも、長時間労働を前提としたブラック企業であればそれらの実現はなかなか難しいです。そして、歩合制で毎月の収入が確保されないような心理的な余裕もない中ではなおさらです。
ふと顧客目線に立ち返ってみても、家族を顧みる暇もないほど身を粉にして働き、5年前10年前と同じ成長のないまま業務を繰り返している人間に対して、心ある対話を期待できるものでしょうか?担当者としての良好な業務や価値の提供は、プライベートの充実がなければ成しえないものだと思います。
人材の地産地消へ
従業員の安定した生活基盤を整えることにより、浦安に住み、浦安で子育てし、浦安で遊び、浦安で働く人材が弊社には多数在籍しています。こういった地域に根付いた人材は、地域性の強い不動産会社の担当者として独特の価値観を提供できると考えています。このあたりは以前の投稿「袖振り合うも他生の縁」という記事の中でも言及しましたが、「一生涯付き合える不動産のプロフェッショナル」であるための大きな要素として、今後さらに重要度が増してくると考えています。
③社員自らの不動産投資の推奨
弊社の社員の多くが不動産投資を行っています。全員ではないですが、半数以上が不動産投資を何らかの形で行っているものと思います。私もその一員です。それは先代社長の頃から、社員自らによる不動産投資が長く推奨されてきた歴史がある結果です。先代社長(現会長)今泉浩一が常々言っていることなのですが、バブル崩壊からの生き残りにおいては社員の成長と組織の拡大なくして成し遂げられなかったと言っています。弊社がバブル期に抱えた負債は膨大なものでした。その負債からの脱却において、優秀な仲間を集めることは必要不可欠であり、そのために、優秀な社員自らにおいても経済的に豊かになってもらうことも必要不可欠であったのだろうと思います。
賃貸経営を通じた自己成長
当然、人材の確保のためだけに推奨しているわけではありません。私自身不動産投資を行う社員の一人ではありますが、この賃貸経営の経験は顧客体験の向上に好影響をもたらしていると感じています。不動産投資とは投資して「おしまい」ではありません。安定的な賃料を得るため、様々な課題やトラブルとの対峙、長・短展望に基づく反復継続した意思決定などしていく必要があります。不動産投資は小さいながら一種の経営です。賃貸経営を通じ、自己成長を重ねることができます。一生涯付き合える不動産のプロフェッショナルを体現するには、その経営の経験有無は大きな差を生じます。人間的に成長することで、より親密で、顧客目線な顧客対応につながることは明らかです。
顧客との長期的信頼関係の構築のために
加えて、不動産投資を進めることによる経済的な自立促進という側面もあります。先の「持続可能性の高い人材の確保」の内容に重複する点ですが、社員自らの経済的な自立がもたらす「余裕」は顧客対応時にもその優位性が顕れます。もとより弊社は歩合制ではありませんが、人事考査には一定程度の成果主義もあります。その場合においても、その社員が経済的に自立していれば、なおのこと短期的な利益主義に陥らず、長期的に見た顧客からの信頼構築をより求めやすくなると考えています。
改善の途上
弊社内でのこの労働環境の改善という取り組みは、いまだその途上にあります。社内で見聞きする不満は後を絶ちません。休暇数だって少ないし、社員の給与だってもっと引き上げたたいです。業務負荷のバランスももっと整えるべきところが多々あります。顧客満足アップと収益力向上の両立だってもっともっと進められると思います。そのための改善点はおそらく「成し遂げる」ことはないのでしょう。時代が変われば、価値観も変わりますし、優秀な人材の確保要件も変わってしまいます。時代に合わせ、環境に併せ、日々適応を続けるほかないのだと思います。業界の変化についていくだけでなく、リードできるようになるためにはまだまだ課題山積です。