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事故物件の告知とガイドライン

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不思議な縁

私が学生の頃、友人が自ら命を絶つというとても悲しいできごとがありました。その一報を聞いた時の衝撃と虚無感は今でも忘れることができません。大学卒業後すぐに明和地所に入社したのち、私は長く売買仲介の仕事に従事しておりました。縁とは不思議なもので、長い時が経過した後でも、突然その事実が現実問題として目の前にやってくるとは思ってもいませんでした。売買仲介業務の中で、その自死した友人の自宅を取り扱うことになったのです。その取引についての詳細は割愛しますが、私はその旧友のご親族との取引を経て、事故物件の裏側を垣間見ることになりました。

事故物件の裏側

不動産事業者として、いわゆる「事故物件」とされる情報はしばしば目にするものです。それらは販売図面や募集図面などに記載される文字情報であり、その文字には個人的な感情が入り込むことは多くありません。一つの「情報」として検討する顧客に提示するものであり、こちらが好む好まざるを問わず、「事実」としてあるだけのものでした。

最近ではネット上に事故物件の情報が掲載される匿名の情報サイトなども出てきています。それらも同様ですが、世間で扱われる「事故物件」というもののほとんどは、その所有者や家族ではなく、買主や借主などの側に視座しているものだと思います。その物件の所有者や残された家族がどのようなことを感じているのかや、課せられた責務などについて思いを寄せることは少ないものなのかと思います。不動産業者の担当者としても同様です。しかし、その時ばかりは旧友のご両親の家族ということもあり、多分に感情が入り、単なる「情報」ではありませんでした。

所有者の痛み

事故物件の所有者は多重的な痛みを感じていたと思います。第1に、当然に愛する家族を失ったという想像を絶する痛みです。第2に、経済的な痛みです。そしてこの二つは複合的に絡み合い、さらに所有者に強い痛みを与えていたことと思います。

現在の不動産のルールにおいては事故物件の所有者はその事実を告知する必要があります。買主の利益保護という観点では必然なのですが、これは残された家族としては心情的にとても苦しいものがあります。ただでさえ家族を失った悲しみがある中で、いわゆる「禁忌情報」としてその事実を自らで告知する必要が迫られるわけですから。そしてなお、市場価値より減額されてしまうことでさらに、悲しみという感情が減額という形に変わり、再び所有者を苛むことになります。経済的に減額されるという評価されるだけならまだしも、時に冷静で冷徹な市場は「評価に値しない」という判断を下すことすらあります。

そして、前記の情報サイトなどにより、とてもプライベートなはずの情報が広く社会一般に公開されてしまうこともあります。一度ネットに掲載された情報は本来その取引関係者の中でのみ完結すべき情報なのにもかかわらず、いわゆる「デジタルタトゥー」のように消えることがない情報として、半永久的に好奇の目にさらされることになります。

自己居住の不動産所有者だけでなく、賃貸物件所有者においても、近しい痛みを感じるものだと思います。自らが所有する大事な資産の中で、ひとつの命が失われるという事実は、家族を失うという直接的な痛みではないものの、なによりそれ自体とても悲しいものですし、同時に避けがたい経済的損失も発生します。

事故物件の扱い方

不動産取引においては必ず相手側が存在する以上、買主側の利益保護も当然必要です。売主である所有者が事実を告知することにより経験することになる苦しみは、避けることはできないものなのでしょう。

結果として所有者がとる方法は大きく二つに分かれます。「全て秘匿する」か「全て告知する」かです。後に発覚した場合のトラブルなど、全てのリスクを自らがのみこみ、全ての事実を秘匿して進めるという判断をする所有者が一部いるのも事実です。生まれ育った町で不動産事業者として従事している私としては知っている情報を、告知がなされないまま不動産広告が展開されているケースもしばしば目にしてきました。しかし多くの所有者はあまたの苦しみの顕在化を覚悟した中で、終結を図り、全てを告知することを選びます。それが法律上望ましいことでもありますし、私たち不動産事業者が所有者に求めることでもあります。

問題は「何を告知したらいいのか」という明確な基準がないことにあります。不動産事業者としても責任を回避せざるを得ず、明確な基準を設けることもできません。結果として「なんでも疑わしいことは告知」せざるを得ませんでした。すると、どんな死でも避けたいと家主は考えるようになり、結果として単身高齢者の入居中の自然死を恐れ高齢者の入居を嫌忌するという社会問題などにつながることになりました。

不動産業界への不信感

これらの状況に不動産取引の行政担当である国土交通省は長らくノータッチでした。理由としては「事故物件」の定義の難しさや、一人一人での考えや価値観の違いなど一律な対応が難しい点があったことが要因のようです。行政がノータッチなので、各不動産会社によって過去の判例などをもとにした独自の見解に基づく対応をせざるを得ませんでした。

結果として、必然的に業者間での対応の差が発生します。それがまた更なる消費者の不安を高めていたのだと思います。例えば、賃貸取引で「事故発生後一度誰かが入居したら告知義務がなくなる」といった考えなども過去の判例を恣意的に解釈した一例です。結果、所有者の関係者を短期で入居させる形式をとり、実際の入居者が入らなくとも不告知にしたりなど、恣意的な解釈を基にした作為的な運用がなされていることもあったようです。そんなことをすれば当然に消費者の信頼は失われるものです。人の死を扱うネットサイトも、これらの一部の不動産業界における低モラルが生んだ代物であり、一業界人として恥じる思いです。

ガイドラインの策定へ

長らく放置されていたこの問題ですが、ようやく国土交通省が動きました。2021年10月8日に「宅地建物取引業者による人の死の告知に関するガイドライン」を正式に策定いたしました。ガイドラインなので、法的な拘束力がありませんが、非常に重要な一歩だと思っています。このガイドラインの策定により、所有者は不当にすべての情報開示をする必要はなくなったと解することもでき、従前の一方的な買主や借主優位な運用基準が変わり、よりバランスがとれたものになると思っています。

事実、敷金の返金トラブルに対応すべく国土交通省が策定した退去時精算のガイドラインは同様に法的拘束力はないものの、現場では有用に効果を発揮し、一方的な敷金精算やそれに伴うトラブルは減少しています。今回のガイドラインの策定により、建物所有者の告知の判断基準として有用に働くとともに、また一歩、不動産業界全体への信頼回復につながるものと期待しています。

以下ガイドラインの一部抜粋です。個人的には最後の留意事項で遺族の名誉や情報保護に触れられている点を見て、胸がすく思いでした。

宅地建物取引業者による人の死の告知に関するガイドラインの抜粋

【告知の原則】

宅地建物取引業者は、人の死に関する事案が、取引の相手方等の判断に重要な影響を及ぼすと考えられる場合には、これを告げなければならない。

【告げなくてもよい場合】

  1. 【賃貸借・売買取引】取引の対象不動産で発生した自然死・日常生活の中での不慮の死(転倒事故、誤嚥など)。※事案発覚からの経過期間の定めなし。
  2. 【賃貸借取引】取引の対象不動産・日常生活において通常使用する必要がある集合住宅の共用部分で発生した①以外の死・特殊清掃等が行われた①の死が発生し、事案発生(特殊清掃等が行われた場合は発覚)から概ね3年間が経過した後
  3. 【賃貸借・売買取引】取引の対象不動産の隣接住戸・日常生活において通常使用しない集合住宅の共用部分で発生した①以外の死・特殊清掃等が行われた①の死※事案発覚からの経過期間の定めなし

【告知についてのポイント】

  • 告げなくてもよいとした②・③の場合でも、事件性、周知性、社会に与えた影響等が特に高い事案は告げる必要がある。
  • 告げなくてもよいとした①~③以外の場合は、取引の相手方等の判断に重要な影響を及ぼすと考えられる場合は、告げる必要がある。
  • 人の死の発覚から経過した期間や死因に関わらず、買主・借主から事案の有無について問われた場合や、社会的影響の大きさから買主・借主において把握しておくべき特段の事情があると認識した場合等は告げる必要がある。
  • 告げる場合は、事案の発生時期(特殊清掃等が行われた場合は発覚時期)、場所、死因及び特殊清掃等が行われた場合はその旨を告げる。

【留意事項】

亡くなった方やその遺族等の名誉及び生活の平穏に十分配慮し、これらを不当に侵害することのないようにする必要があることから、氏名、年齢、住所、家族構成や具体的な死の態様、発見状況等を告げる必要はない。

出典:国土交通省ホームページ内「(別紙1)ガイドラインの概要

 
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ライターについて

不動産業界には海千山千の人間が多くいます。私もこの業界にいることでオモテヅラだけがいいと感じる人に多く会ってきました。時に人を信じるということはとても大事ですが、その人がどのような状況に身を置いている人なのか、そして自分が今どのような状況に置かれているのかを冷静に俯瞰することで、より良い不動産取引体験につながることと思います。今回のコラムを読んだ方が一人でも不幸な不動産体験から縁が切れることを願って止みません。

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